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 湯川と朝永が京都大学でともに学んだころの話を随筆に書いたときに、両者とも岡潔と秋月康夫について書いています。偶然というよりも、それだけ印象深いものがあったと考えたほうがいいでしょう。岡潔は1901年生まれですから、湯川より6歳上。また岡と秋月は三高からの同級生でもあります。

湯川の記述

「二人が学生だったころ」から

 ぼくらが大学へ入りましたときは、秋月さんが解析幾何の演習かな。それから岡潔さんが微分積分の演習。岡さんのほうは、文学的に表現すればいろいろありますけれども、まとめて言いますと、ものすごくむつかしい。できんような問題をいきなり出すわけですよね。・・・

 秋月さんはそんなとんでもない問題は出さなかった。もうちょっと普通の意味での教育的な感じがしたね。岡さんのあれは、逆説的な意味で教育的であったかもしれん。それができんやつは数学をやるなということはあったかもしれんけれども。

朝永の記述

「わが師・わが友」から

 しかし、この退屈な教室の中にも、沈滞の中にときどきふき込んで人々を行きかえらせる冷風のように、新鮮な空気のただよう時間もあった。それは岡潔先生と秋月康夫先生の数学演習の時間であった。何日も考えつづけて、むつかしい問題が解けたときのよろこびは、たとえ答えのわかっている練習問題であっても、それは純粋に学問的な創造のよろこびに近い。

 この両先生の魅力は、堀健夫先生の場合と同じく、みずから情熱を研究にささげているという点にある。その情熱が学生に伝わってくるのである。ときどきは御自身の研究についての話もきく。若い先生というものは、学生にわからせるというよりも、御自身の興味に溺れることもあるのだが、これがまたなまいきな学生にはたまらぬ魅力なのである。

秋月先生の講義を聞きました

名物先生ということで

 私は3回生のときに、数学教室へ秋月先生の講義を聞きに通いました。単位をとるつもりはなく、名物先生の講義を聞いておきたいと思ってのことだったようです。紳士的な講義スタイルは私の気に入りましたが、内容はほとんど覚えていません。秋月康夫、鈴木道夫著『高等代数學I』(岩波全書)という本がいまでも書棚にありますが、それに似た内容の講義だったのでしょう。秋月先生がこの本にふれて、「鈴木道夫は私の娘婿です」とおっしゃったのが、ほとんど唯一の記憶です(私の不まじめな学生だったことがばれますね)。

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Tag: 京都大学 岡潔 秋月康夫


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Last-modified: 2007-06-17 (日) 10:44:38 (3601d)