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[関連ページ] クライン-ゴルドン方程式


 中間子の質量を推定するのに、不確定性原理を使う方法が知られているが、 湯川の第一論文ではその方法を使ったのではないことがわかった。 その周辺に関する議論。


湯川の方法

 クライン-ゴルドン方程式のページに、湯川の方法をめぐる、やや物理学的な議論の経過が置かれています。

不確定性関係の使用は湯川論文のどこに?

 湯川先生は、不確定性原理と相対論だけを応用した簡単な推論によって、核力の量子は有限の静止質量を持つはずである、という驚くべき結論に達した、というようなことがエミリオ・セグレの『X線からクォークまで』に書かれています。

 N・コールダーの『宇宙を解く鍵』のp. 38にも

…、電気力の場合と同じような方式で、他の「宇宙の力」をつくり出す。 この方向での最初の大きな飛躍は、1934年に28歳の日本の理論家、湯川秀樹によって強い核力を記述するためになしとげられた。彼は、短命な、力を担う粒子があり、電子と陽子の中間の重さを持ち、不確定性原理で許される「借りた」エネルギーを引き出して存在できると述べた。

と、書かれています。

 しかし、湯川の原文にはハイゼンベルクの不確定性原理の言葉がどこにも見当たりません。量子力学の完成は電子の位置と質量の測定において、シュレーディンガーの波動力学とハイゼンベルクの行列力学が同等で、ディラックの理論もやはり同等である事によって確立したといわれております。湯川はもう一つ別の不確定性関係である、時間の長さΔtの間にエネルギーを測定するときの精度をΔEとすると、ΔtΔE=h から陽子と中性子における相互作用によって核力を理論化したと思いますが、湯川の第1論文で書かれているとしたなら、2章の最後の「λは10^12/cm〜10^13/cmと仮定し」という箇所でしょうか。それとも他にあればどの箇所でしょうか。

KR

湯川は不確定性関係を使っていない

 私も長年の間、幾冊かの解説本を読んだ知識から、湯川は相対性理論と不確定性原理を巧みに使って中間子の存在を予想したものと思い込んでいました。しかし、実際はそうではないのです。時間とエネルギーの不確定性関係 ΔtΔE > or= h を使っても、湯川が予想したのと同じ中間子質量を予想できるということは、Wickという人が1938年に考えたのだと最近知りました。エミリオ・セグレの "Nuclei and Particles" という教科書(和訳も出ていると思います)にそう書かれています(次節参照)。

 湯川は実際には、中間子論第1論文の3章 (12) 式の上にある「運動量とエネルギーの量子力学的表現」をクライン・ゴルドン方程式 (3) へ代入するという方法を使っています。この代入によって (12) 式の下にあるように、m=λh/c という関係を確認しました(後にこの関係は、素粒子論の常識のようになりましたが、当時はまだよく知られていなかったのです)。そして、論文のその後に書いてあるように、この関係式へ、KRさんのおっしゃる2章の最後にあるλの中間の値、λ=5×10^12/cm を入れて、中間子の質量を推定したのです。運動量とエネルギーの量子力学的表現を使うということが、この場合、同じ量子力学における不確定性原理を使うことと同等だったのですね。

 N・コールダーが『[湯川]は、短命な、力を担う粒子があり、電子と陽子の中間の重さを持ち、不確定性原理で許される「借りた」エネルギーを引き出して存在できると述べた』と書いているのは、湯川が実際にその通り述べたということではなく、電磁場が光子の仮想的交換(光子は不確定性原理で許される「借りた」エネルギーで荷電粒子間を行き来する)で生じるのと同様に、核力の場は質量のある粒子の仮想的交換で生じると考えた、ということを分かりやすく書いたのでしょう。(あるいは、N・コールダーはジャーナリストですから、湯川の原論文を読むことなく、解説書で知ったことから、実際にそう書いてあると曲解したのかも知れません。)

T

 追伸:N・コールダーの文ですが、それは「力と粒子」という節にあり、その前の節は「借りたエネルギーと借りた物質」という題になっていますね(私は英語版を持っていて、それを見ながら書いていますので、訳が少し異なるかも知れません)。この説明の流れをみると、前の節と関連づけて分かりやすくするために、『不確定性原理で許される「借りた」エネルギーを引き出して存在できる』を特に入れたという可能性が大きいと思います。

T

量子力学と相対論の双方を巧みに使った、とはいえる

 先の説明では重要な点を書き落としていました。

 「[湯川は]m=λh/c という関係を確認しました」という書き方をしましたが、これは、(12) 式の前にこの関係がすでに記されていることに、いわば敬意を表したいい方をしたのです。しかし、(12) 式の前にこの関係を記したことは、湯川の述べ方の飛躍であり、この辺りを難解にしています。

 実は、量子力学的関係を代入した (12) 式ではλをそのまま残しておき、その式と、相対性理論の、全エネルギーを運動のエネルギーと静止エネルギーで表わす式を比較して初めて m=λh/c が求められます。したがって、湯川はここで量子力学と相対論の双方を巧みに使った、といえるのです。

 現在の素粒子論の教科書には、クライン-ゴルドン方程式 (3) が、湯川の代入の逆方向に相当する代入、すなわち相対性理論の全エネルギーの式に湯川が使った量子力学的関係式を代入すること、によって求められると述べてあります。しかし、歴史的には、クライン-ゴルドン方程式は中性スカラー場に対するラグランジアンへの要請条件と、そのラグランジアンに対するオイラー-ラグランジュ方程式から導かれた(たとえば、J. J. Sakurai, "Advanced Quantum Mechanics" に記されています)ので、相対性理論の全エネルギーの式 からも求まることが当時はまだよく知られておらず、湯川は自らその関係を示さなければならなかったのでしょう。

 なお、(12) 式の m_U には、2乗が抜けています。これは湯川の間違いでなく出版社の誤植であることが、L. M. Brown and H. Rechenberg の "The Origin of the Concept of Nuclear Forces" に掲載されている湯川のこの辺りの手書き原稿の写真から分かります。

T

セグレの r_0 と湯川のλの関係は?

 ところで、セグレの「x線からクォークまで」のp. 327の中に

・・・だがエネルギーの測定は、それにかける時間を t にすると
   ΔE=h/2πt
以上の精度で行うことはできない。これは量子力学の不確定性原理のためである。したがって、いわばΔEだけのエネルギーを「借りる」ことができるわけで、そうしてもエネルギー保存則の破れを確認しようがないのである。そこで今、このΔEを mc^2、t を r_0/c とみなせば
   m=h/2πr_0c
となる。このように量子が有限な質量を持つと仮定すると、おのずと作用半径も有限になるのである。ここで r_0 の値として 2×10^(−13) cm を採り、普遍定数にはそれぞれの値を入れると m は電子の質量の約200倍、あるいは mc^2 は約102 MeVのエネルギーになることがわかる。

と、述べられております。ここで、湯川論文3章の m_uc=λh、固有質量 m_u=λh/c とm=h/2πr_0c とは同等だと思いますが、この場合、2πr_0 は 1/λなんでしょうか。

KR

r_0=1/λ

 セグレの本では h がプランクの定数、 h/2π がディラックの定数と呼ばれるものを表わしています。ディラックの定数は、hの左上に突き出ている部分の途中にバーをつけた1文字(「hバー」と読みます)で表わすのが普通です。湯川の手書き原稿には「hバー」が使われていますが、印刷された論文では「hバー」の意味で h を使っています[湯川論文 (6) 式のあとに、「h はプランクの定数を2πで割ったもの」と書いてあります]。当時の日本の出版社には「hバー」の活字がなかったからでしょう。したがって、湯川の論文の
   m_uc=λh
を正しく書き直せば
   m_uc=λh/2π
となります。これをセグレの本の
   m=h/2πr_0c
と比較すれば、
   r_0=1/λ
の関係だと分かります。

T

不確定性原理からの推定

セグレの教科書に「Wick による」と

 初期の定例会でEさんが、原康夫著『素粒子物理学』から、不確定性原理によるパイ中間子の質量推定の話を紹 介されました。私は長らく湯川はその話と同じ考え方でパイ中間子の質量を推定したものと思っていました。ところが、中間子第1論文では、(12) 式と特殊相対論のエネルギー、運動量、質量の関係式との比較を使っていることを知り、それでは、不確定性原理を使ったパイ中間子質量の推定は、湯川自身がのちに考えたのか、誰か他の人が考えたのか気になりました。

 そこで、セグレの "Nuclei and Particles" という本を見たところ、「Wick (1938) による」とあり、謎は解けましたが、文献の詳細は載っていません。ただし、この本の中に G. C. Wick という名は、中性子・陽子散乱からの交換力存在の指摘(1933、これは意外に早い!)や、1958年の「原子核物理学における不変原理」という論文によっても登場しています。

 また、同じセグレによる "From X-Rays to Quarks" という本(和訳が出て います)の第12.1図(湯川が1948年にバークレーを訪ねたときの写真)には、左から、フェルミ、セグレ、湯川、そして G. C. Wick が並んで写っていて、その付近のページに、やはり不確定性原理を使ったパイ中間子質量の推定が「湯川の議論を簡単化した説明」として記されています。

T

朝永の著作にも

『量子力学的世界像』中の「原子核の理論」

 [00661] 不確定性原理を使ったパイ中間子質量の推定について、朝永博士の『量子力学的世界像』の中の「原子核の理論」という解説文中の湯川理論の解説部分でふれられています。これが朝永博士のオリジナルかどうかは分かりませんが、昭和16年(1941年)に書かれています。

M

朝永は Wick の説明を知っていて紹介したか

 私は『量子力学的世界像』を朝永のノーベル賞受賞の1965年に発行された新装版をすぐに買って読み、いまも持っていますが、[追加]として、不確定性原理を使った解説のあったことをすっかり忘れていました。

 1941年といえば、セグレが "an argument due to Wick (1938)" として紹介 している同じ説明より後であり、説明文もよく似た流れになっています(より丁寧で教育的な感じがしますが)ので、朝永は Wick の説明を知っていて、それをここで紹介した可能性があると思います。

T

朝永の文はだいぶ古いですね

 朝永さんの文章ですか。2〜3ページ読んだだけですが、だいぶ古いですね。パイオンとミューオンの区別も付いてないころの文章ですね[注]。

 話は変わりますが、東大の大塚さん(現役バリバリの核理論の先生)が不安定核について書いたものですが、湯川の話が出てきてへぇーと思いました。

http://tkynt2.phys.s.u-tokyo.ac.jp/~otsuka/Otsuka.ppt(パワポがないと見れない)
http://www.s.u-tokyo.ac.jp/info/meson.html(こちらは普通に見れる)

 そこに出てくる「テンソル力」というものは、日本の核物理理論で今話題になっているようです。

O

 [注]1941年の文ですから、当然、パイオンは未発見です。(T)

Wick の論文

 Wick の論文は会員限定ホームページ http://members.yukawa100.org/ から入手可。

Wick の文献が判明:Miller の本から

 [01022] 湯川が推定した中間子の質量が、不確定性原理を使っても推定できることを示したのは Wick (1938) だと、Segre の "Particles and Nuclei" に書いてあるが、文献の引用がない旨、先にお知らせしました。その文献が分かりました。

G. C. Wick, "Range of nuclear forces in Yukawa's theory" Nature 142, 994 (1938).

です。

A. I. Miller, "Early Quantum Electrodynamics: A Source Book" (Cambridge University Press, 1994).

の中に、わずか11ページですが、"Theories of the nuclear force in the 1930s" という節があり、その注に書いてありました。

T

その本を拾い読みしていたところでびっくり

 実は、Miller の本をつい最近に入手して、昨日、その節を拾い読みしていたところで、びっくりしました。

M

昨日入手したばかり

 私もその本は、つい昨日入手(アメリカの Amazon.com から)したばかりです。私が4月例会で紹介したいと思っていると書きました P. Dunne の論文にこの本が引用されていて、Amazon.co.jp の「なか身!検索」で湯川について書かれたページがいくつもあることを知り、買った次第です。Mさんも同様の動機で買われたのでしょうか。ついでに、やはり上記論文に引用されている

J. Allday, "Quarks, Leptons and the Big Bang" (IOP, 1998)

も買いました。Amazon.com で見つけたこの本は第2版で、2002年発行のものでした。これはかなりやさしい本です。

T

Wick の論文は朝永やセグレの記述より分かりにくい

ガモフの公式に対するボーアの議論のアナロジーとして

 Mさんにアメリカの古書店を教えていただいたお陰で、そこで注文した本が、注文から1週間目の一昨日届きました。Wick の論文を含む R. T. Beyer, ed. "Nuclear Forces" (Dover, 1949) という本です。

  "Nuclear Forces" は、第1部で1932年から1960年代前半までの原子核理論を大学生向きのレベルで解説し、第2部に14編の基礎的な論文のリプリント(複写でなく、活字を組み直してあります)を掲載しています。ハイゼンベルクの原子核構造論文のIとIIIの英訳や湯川のノーベル賞論文も入っています。Wickの論文は、核力の範囲と中間子質量の関係式を不確定性原理から導出することのみについて書いたものです。B6版程度の大きさのこの本のわずか2ページなので、ワードで入力して、PDFにしました[上記、会員限定ホームページから入手可のファイル]。

 Wick の論文の記述は、同じことを書いた朝永やセグレの記述よりも分かりにくい感じがします。不確定性原理を仮想粒子のエネルギーと存在時間に直接適用しないで、観測装置(some device which could "see" the heavy electron;"heavy electron" とは中間子のこと)を仮定して、話を進めているからです。不確定性原理がもともと観測の精度についてのものだったことを思えば、この原理の応用がまだ一般的でなかった当時の書き方としては、これが自然だったのかと思われます。また、彼の導出は、ガモフの公式(トンネル効果によるα崩壊の式か)や他の関連問題に対するボーアの議論(これについても調べてみたいところです)のアナロジーとして得たように書いてあります。湯川のU場の理論が電磁場のアナロジーから生まれ、その主要な一部についての簡単化した説明もまたアナロジーから生まれというのは面白いと思いました。

T


Tag: 中間子 不確定性原理 クライン−ゴルドン方程式 ボーア


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Last-modified: 2017-07-09 (日) 18:25:57 (105d)