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[関連ページ] 湯川の著作・著作集


R.T. 氏が紹介する湯川の短歌

歌集『深山木』に473首

 Hさんが、京大物理学科同期生たちに湯川についての思い出を尋ねたところ、R.T. 氏からは資料添付のメールを貰ったといって、それを転送して下さいました。湯川の短歌に関するものです。少し長くなりますが、以下に引用します。

T

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Y.H. 様

 湯川さんの短歌(和歌)は、退官記念事業寄金へのお返しとして多くの人に贈られた歌集『深山木』に尽きています。湯川研出身の貴女も持っているはずです。しかし、短歌を作らない人は、大抵本箱に入れてお終いになっているでしょう。私も短歌を始める前はそうでしたから。

 最近、湯川さんの短歌について話す機会があり、そのときに作ったレジュメがありますから、とりあえずそれを添付ファイルで送ります。

 少し説明を加えます。

 ・湯川さんは「自分の短歌は余技ですらなく、趣味である」といっています。よい歌は多いですが、「記憶にとどめるのに都合よいから短歌をつくる」といういい方もしていて、中には旅行のときに気楽に詠んだと思えるものもあります。
 ・「自分は日頃は自然を相手に考えているのだから、短歌は専門のことから大きく離れたものを詠みたい」といっています。私も同感です。
 ・湯川さんは「自分は素直でわかりやすく抒情がある短歌がよいと思っている」、「歌人としては、昔の人では西行、近代では啄木が好きである」といっています。
 ・そういうことからいうと、私のレジュメは大学人の集まりで話したので、大学者としての湯川、核兵器廃絶運動のオピニオン・リーダーとしての湯川、という切り口が強く出ていると思います。歌人としての湯川という線で見れば、むしろ[4][引用者注:添付資料中の項目]を先ず見るのがよいかと思います。

 湯川さんのことについては、岩波から出ている『湯川秀樹著作集』にまとまって出ています。「回想・和歌」は第7巻に出ています。平和・核廃絶に関するものも別の一つの巻に出ています。

 とりあえずの返事です。逸話は2、3思いつきますが、文章化はやりづらいですね。

 R. T.

湯川先生の短歌

 [引用者Tの注:以下がR.T.氏からHさんへの添付ファイル。引用にあたり、多少編集した。多数の短歌が引かれていたが、R.T.氏が直接評言の対象としていない短歌については、それらを多く引くことは湯川の著作権侵害にあたる危惧があるため、割愛した。・印:R.T.氏のコメント、○印:湯川の短歌]

  • 若いときから短歌をつくる。特定の歌人に師事せず。素地は古今東西の文学作品。旺盛な読書。
  • 幼少より三高の頃まで、中国書家山本竟山から書道を学ぶ。 後年(義父の勧めで短歌もつくる)「自作の短歌を色紙に書く勇気を持ち得たのは、…竟山先生のおかげである。」 無類の継続力。
  • 戦後、短歌同人雑誌「寄合舟」で、新村重山(新村出の父)、吉井勇、川田順等と交流があった。
  • あまり屈折がなく詠嘆的に詠うのが、自分には向いている。西行、啄木の歌い方が好ましいとする。
  • 「自分の短歌は、余技でもなく趣味である。」 歌集『深山木』は退官記念寄金へのお返し(非売品)。
  • 自筆墨蹟の『蝉声集』(平成元年11月)の短歌は、『深山木』にあるもの(300部限定出版)。
  • 自選集V『遍歴』の巻に「深山木」が掲載されているから、鑑賞・批評の対象にしてよいと思う。  
湯川秀樹歌集『深山木』より
(473首、1971年、[ ]は詞書を示す)

[1]わが道を詠う――歌集名の「深山木」の意味

○雪ちかき比叡さゆる日々寂寥のきわみにありてわが道つきず[昭和20年も暮れんとして]

  • 自賛歌として一つ挙げるとすればこの歌、と本人が言う歌。
  • 敗戦の年の暮れに、これからの厳しい状況に立ち向かわんとする決意が結句で述べられてぃる。結句に至り自然詠が心象詠に。普通の言葉で詠まれていて、一般の人が理解でき共感しうる歌。
  • 1935年に湯川の予言した核力中間子(π)に近い質量の宇宙線「中間子」(μ)が発見され、国際的に注目される→理論と実験の間の深刻な矛盾→1942年に2中間子論による解決の方向→湯川は「μのような粒子がなぜ存在するのか」と問い、理論の基本的な変革が必要であると確信。
  • 1947年にπ中間子が観測される2年前のこと。専門研究者にはそのときの心境が伝わる歌。

○深山木の暗きにあれど指す方は遠ほの白しこれやわが道 [昭和23年春を迎えて]

○わかれさす光かそけき深山木の道ふみわけし人し偲ばゆ [昭和45年年頭の感]

  • 「わが道」、「深山木」のこころは、自伝『旅人』にある次の一文によく表されている。  「未知の世界を探求する人々は地図を持たない旅人である」(苦楽園小学校にある碑文)
  • 二つの面を併せもつ短歌―一般の読者の共感をよぶ平明さと叙情に加え科学者が共感できる深さ。

[2]物理学者としての感動を詠う(数は少ない)

○物みなの底にひとつの法(のり)ありと日にけに深く思い入りつつ [物理学に志して以下6首]

  • 湯川が大学を出た頃は物理学の革命期で、相対性理論、量子力学が完成された時期。宇宙の謎も生命の神秘も新しい物理学により解明されるはずという期待を詠う。

○素粒子の世界の謎を解きあぐみ旅寝の夢も結びかねつつ (昭和31年にCERNにて)

  • 物理用語が使われた歌はこの一首のみ。

○天地(あめつち)は逆旅(げきりょ)なるかも鳥も人もいづこよりか来ていずこにか去る

  • 『李白の「天地者万物之逆旅、光陰者百代之過客、而浮生若夢」なる文章も思い合わされて』の註あり。(歌集の最後より2首目にある歌。孫が庭に来る鳥に餌をやる姿を見て詠んだ歌の続きにある。
  • 無常観と共に、「わが道をゆく」25年余の「素領域理論」の研究が完成された喜びが伺える。

[3]核兵器廃絶を主導する知識人の先達として(数は少ない)

○天地のわかれし時に成りしという原子ふたたび砕けちる今 [原子雲以下3首]

○今よりは世界ひとつにとことはに平和を守るほかに道なし

○この星に人絶えはてし後の世の永夜清宵何の所為ぞや

  • 湯川は、人知が原子核に達した物理学の最新の成果が、大量殺戮の兵器として最初に実用化された無念さと非人道性の極としての原爆への怒りをどう短歌に詠むかに悩んだと思われる。

○ふたたびは歌も詠まじと思いきし秋更くる夜に残る虫の音[ね][秋深し](原子雲三首に続く1首)

○雨降れば雨に放射能雪積めば雪にもありといふ世をいかに [ビキニの灰以後]

○まがつびよふたたびここにくるなかれ平和をいのる人のみぞここは [広島平和公園…]

  • 核兵器廃絶の精神的・理論的なリーダーであった人のその面での歌はこれですべて。多くのすぐれた論説があり、感動的な語録もあるのに、という思いがする。

[4]折々の歌(家族/旅行/京都/…)―「なるべく物理学と距離が大きいものがよい」

○逝く水の流れの底の美しき小石に似たる思い出もあり [歌集冒頭の1首、少年の頃]

○思いきや東の国にわれ生[あ」れてうつつに今日の日にあわんとは [昭和24年12月、ノーベル賞受賞式出席のため、ここに来て]

○忘れめや海の彼方の同胞[はらから」は明日のたつきに今日もわづらう

  • この歌は、ノーベル賞の受賞の時の感慨を詠んでいるが、厳しい状況にある人たちのことに思いを馳せているのが、湯川さんらしい。基研の所員会議で「恵まれた状況の中央にいる者は、そうでない人達のことを考えすぎると思うくらい配慮して丁度よいのだ」と言われたことを思い出す。

○おじいちゃんしかしと二歳児はわれにいひてあとははははと楽しげに笑ふ

  • 湯川のよく言った言葉「そうかもしれない、そうでないかもしれない、わからない」を思い出す。
    ______________________________

「短歌は余技でなく趣味」などについて

 「自分の短歌は余技ですらなく、趣味である」とういことについて、湯川博士の書かれた『和歌について』という文章の中で、もう少し詳しく書かれています。

・・・趣味と余技というのはどういうふに違うか―私の考えでは、余技というのはわざで、何かある程度の、人にも示せるほどの技量、わざがないといかんが、そこまでになると、ちょっと事はめんど うであるから、趣味ならば別に人に見せてどうというほどのものでなくてもよかろう、そういう意味で趣味であると書いたわけです。・・・

 湯川のよく言った言葉「そうかもしれない、・・・」については、湯川秀樹著作集7の月報7に「そうかもしれない、・・・」という文章が高木修二氏により寄せられており、量子力学の講義の時に

「そうかしれない、そうでないかもしれない、わからない。」先生のいわば口癖ともいうべきこの言葉を講義中に何回ととなく聞いたものだが、・・・

と書かれています。力学の講義のときには、この言葉が聞かれたことがなく、量子力学の講義の時にのみ何度も聞いたと書かれており、自分の体験された量子力学の発展していく様の臨場感とでもいうものが何となく伝わってきたのだと思うと、書かれています。

 また、同じく湯川秀樹著作集の月報5に江沢洋氏が書かれた文章の中には、

・・・先生は話の一区切りのあと「いや、ちがうかもしれません」とつぶやかれた。・・・

と書かれており、

・・・もう一度そのつぶやきを聞きたいと思い、文化講演『科学と自然』をかけてみた。・・・

とも書かれています。この文化講演『科学と自然』は、S先生がデジタル化して会員専用ページにファイルをアップされているものです。私は、確認できませんでしたが一箇所だけつぶやかれているそうです。

M


Tag: 趣味 短歌 講義 著作 深山木


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Last-modified: 2007-06-30 (土) 07:47:13 (3589d)